燻る煙草は口に苦し



登場人物
 佐川…ヤニカスの20歳 男
 宮木…酒カスの23歳 女
 母…佐川の母



 舞台は夜の公園。舞台中央にはベンチが一つ、隣(下手側)に細長い吸い殻入れ。
 照明は街灯のようにベンチを照らす。
 音響、夜の虫の声。

 開幕

 佐川、上手から登場。

佐川「はぁ、さむ……まだ三月だもんな……」

 佐川、ベンチに座り煙草に火をつける。
 間。

 宮木、上手から登場。

宮木「あの」

佐川「うわっ」

宮木「あ、すいません」

佐川「いえ……」

宮木「あの、お隣、いいですか?」

佐川「え、あぁ、はい……」

宮木「失礼します」

 間

宮木「あっ、煙草、大丈夫ですよ」

佐川「あ、そうですか?」

宮木「はい」

 間

佐川「あ、そっち風下になりますね。場所変わります?」

宮木「あ、はい」

 間

宮木「よく、ここに来るんですか?」

佐川「え?」

宮木「あ、よく、ここに来るんですか?」

佐川「あぁ。そうですね。あなたも?」

宮木「私は、機会があれば、ですね」

佐川「機会、ですか」

宮木「えぇ。あ、お酒飲んでもいいですか?」

佐川「えっ、はぁ」

宮木「ありがとうございます」

 間

宮木「……っかぁ! 沁みるぜ」

佐川「……お酒、お好きなんですか?」

宮木「まぁ、割と。あなたは?」

佐川「僕は、あまり飲まないですね。まだ学生ですし」

宮木「え、まさか未成年喫煙?」

佐川「成人してます」

宮木「あぁ。大学生?」

佐川「そうです」

宮木「そっかそっかー。いいなぁ、大学生」

佐川「大学、通われてたんですか?」

宮木「ううん、高校卒業して、そのまま就職した」

佐川「そうなんですね」

宮木「そうそう。私もキャンパスライフとやらを送ってみたかったなー。友達と夜遅くまで飲んだり、新歓で酔いつぶれたり、バイト先の先輩たちと飲み会したりしたかったな!」

佐川「お酒関連しかないですね」

宮木「まぁねー。学生は飲んでなんぼでしょ!」

佐川「すごい偏見ですね。……そんなものじゃ、ないですよ」

宮木「え、そうなの?」

佐川「えぇ。人によりますけど、俺は夜遅くまで誰かといるってことがないですね」

宮木「そうなんだ。夜は苦手?」

佐川「いえ、好きですよ。夜の、寝静まった感覚が好きです。町も人も太陽も、瞼を閉じて夢に浸る。子供のころに味わえなかった特別を楽しんでる気がして、とても好きです」

宮木「あぁ、わかるかも。夜は全てを許してくれそうだし」

佐川「そうですね」

宮木「あと、人ならざるものとも出会うかもしれないしね」

佐川「えっ」

宮木「冗談よ」

佐川「はぁ……」

宮木「でも、じゃあなんで夜に出掛けないの? 友達がいないとか?」

佐川「いや、友達はいるんですけど……俺、実家暮らしなんですよ。それで、親が厳しくて、親が寝た後にしか外出できないんですよね」

宮木「なるほどね。それは大変だね」

佐川「まぁ……でも、あの人は、俺がいないとダメなんですよ」

宮木「あの人、って、両親?」

佐川「……母親です。早くに父が他界して、俺と母さんの二人だけで暮らしてきたんです」

母、客席後ろに立つ。
 母にスポット。

母『……うっ、あなた……』

佐川「最初、母はかなり落胆していました。毎日泣いて、泣き止んだら寝て。起きたらまた泣いての繰り返しで……俺が見えていないかのように過ごしていました。というより、ずっと悲しみに沈んでいました。家事は全部俺がしました。最愛の人を亡くした母を、俺なりに支えようとしていたんです。でも、ある日」

母『……あなたは、お父さんによく似てるわね。さあ、こっちにいらっしゃい』

佐川「母は突然泣くのをやめて、俺に優しく接するようになりました。以前から優しい人でしたが、もう一段階優しくなったというか、人が変わったというか……言葉にできない感じがしました」

母『これ、似合うんじゃない? 着てみてよ。……ほら、良い感じ』

佐川「父の服を俺に着せたり、父が好きだった場所に行ったりと、母は俺と父を見重ねていました」

母『え、大学に行く……? 私から、離れていくの?』

佐川「もちろん、大反対されました。父は高卒で就職していたということもあるのでしょう。説得に説得を重ねて、実家を出ないという約束付きで大学に行かせてもらえることになりました。でも……あの人から、離れることはできない」

母『私から、離れていかないでね』

佐川「母の目を覚ますために、俺は今こうやって、煙草を吸っています。父とは違うことを示したかったんです。……全く、気づいてもらえませんが」

 母のスポット消える。

宮木「そう、だったんだね」

佐川「あ、すいません。なんか俺の話しちゃって」

宮木「いいのよ。誰かに話すって大切なことだから」

佐川「ありがとうございます」

宮木「うん。そっか、君が煙草を吸うのにはそんなわけがあったんだね」

佐川「わけってか、きっかけみたいな感じですけどね」

宮木「そっかそっかぁ」

 間

宮木「あのさ」

佐川「は、はい」

宮木「お母さんは、本当に気づいてないのかな」

佐川「……え?」

宮木「タバコ吸ってることとか、君がお父さんじゃないこととか」

佐川「それは、気づかないようにしているんじゃ」

宮木「だって、もしそうなら、何かしら行動してるはずじゃない? 君、まぁまぁタバコ吸ってそうだから、匂いとか沁みついてるんじゃないかな。それを君のお母さんが気づかないって、あるかな」

佐川「それは……」

宮木「私の想像だけどさ、お母さんは、少しずつ受け入れ始めてるんじゃないかな、お父さんがもういないことを。人って、いつまでも悲しみ続けることはないの。転んでしまっても、いつかは立ち上がって、また歩き始めるの。それにはとても時間がかかってしまう時もある。でも、乗り越えられる日はいつか来る。たばこのにおいに気づかないのも、深夜に君が出てることを知らないふりしてるのも、立ち上がる準備をしてるからなんじゃないかな」

佐川「そう、なんですかね」

宮木「あくまでも私の想像だけどね」

佐川「そっか……俺も、立ち上がらないとな」

宮木「うん、頑張れ」

 間

 佐川、立ち上がり煙草を消す。

宮木「帰るの?」

佐川「……そうですね。そうします」

宮木「そっか」

佐川「あ、最後に一ついいですか?」

宮木「うん? どうした?」

佐川「あなたは、どうしてお酒を飲むんですか?」

宮木「んー? 美味しいからだよ!」

佐川「あ、そうですか」

宮木「うん! 君も、楽しく飲める日が来るといいね」

佐川「そうですね。それでは、おやすみなさい」

宮木「うん、おやすみ」

 佐川、上手にはける。

 間

宮木「どうでしたか? 息子さんは」

 母、下手から出てくる。

母「まさか、あんなことを考えていたとは……」

宮木「私もまさかでした。……旦那さんも、亡くされていたんですね」

母「えぇ。いつかは受け入れなきゃと思っていましたが、なかなかうまくいかず……」

宮木「そのまま、後追い、と……」

母「はい……」

宮木「後悔していますか?」

母「それは、とても。まさか息子が、私の幻を見ているなんて」

宮木「両親をほぼ同時期に亡くしてしまったこと、相当ショックだったと思います」

母「私は、とても馬鹿なことをしたのですね」

宮木「……後悔先に立たず、ですよ」

 間

宮木「でも、彼もいつか、立ち上がれますから」

母「え?」

宮木「彼自身も、変わろうとしているんだと思います。だから、煙草を吸っているんです。彼が気づかないところで彼は、立ち上がろうとしています」

母「……そう、ですかね」

宮木「えぇ。だから、安心して見守ってください」

母「……はい。ありがとうございます」

宮木「いえ」

母「最期に、息子に声をかけてきてもいいですか?」

宮木「いいですけど、聞こえないですよ?」

母「いいんです。聞こえなくても」

宮木「そうですか」

 母、上手へはける。

宮木「……お酒を飲む理由、ね」

 間

宮木「あー、やっぱ美味しい」

 暗転


閉幕
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